金環日蝕狂想曲 |
2012年 05月 27日 |
・・・というニュース。
あれ、129年ぶりとか、いう数字は???と思われた方もお出ででしょう。
上記のように、東京・名古屋・大阪(京都)で、
同日に、金環日蝕が見れたのは、
前回は、1080年のことでした。
平安末期です。
ググってみると、松山ケンイチも中井貴一も生まれていない。
ぢゃなかった、清盛も忠盛も鳥羽ちゃんも生まれていない時代です。
その時代は・・・朕の世であるぞ by 白河帝
いや、実質、白河さんの権力掌握時代は長かったけど、
まさに、帝の折りに金環日蝕が、起きております。
当時は、庶民はビックリして、貴族は貴族で末法思想に拍車がかかったでしょうね~
ところで、今回、知ったのが、源平合戦の折りにも、金環日蝕があったことです。
富士川の合戦以降、平家ボロ負けの印象が強いのですが(源氏派としては)
唯一、勝利を収めた、水島の合戦。
現在の岡山県水島市を含む地域で、金環日蝕が起こりました。まさに合戦の最中に。
朝廷に近く、暦を知っていた平家は、日食が起きるのを知っていましたが、
源氏は知らず、動揺して、そのため敗退したといわれております。
さて、129年ぶりというのは、首都圏で観測される金環日蝕という意味です。
明治16年10月に記録されておりますが、
天変地異は人心の不安を招きます。
そこで、明治政府はあらかじめ、錦絵をつくり、「こういうことになりますよ~」と、
一般市民にお知らせしました。

← その錦絵。
ヤダ、光の部分と影の部分が逆になっている!ぷぷぷ。
学者さんから理論だけ聞いてなんとなく絵にして
配布したのでしょうね。
事前に現象を知らせて安心させようとした錦絵が、
今では、一服の香ばしい清涼剤に(^^;)
平安の時代の人は、明治の時代の人は、金環日蝕を見て、どう感じたのでしょうね。
# by salieri777 | 2012-05-27 09:22 | ニホンのレキシ♪ | Trackback | Comments(0)


























学校の卒業制作のファッションショーでの母・弾正。








