武田軍の足軽大将リューザキ弾正、通称リュー弾♪またの名をカラボリーナ・ドルイスカヤ(爆)最近、草弾師匠という官位(笑)も授かりました☆ 諸国、諸時代、諸かるちゃーを 徒然なるままへめぐります


by リューザキ弾正
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後北条関連記事・・・になるでしょうか?(笑)

やれ、八王子城に行くとか・・・その次には、川越に行こうかなとか野望を膨らませた結果が
 コレ↓です(爆) 小田原銘菓「ういらう」そこいらの特別販売店で購入・・・(^^;)

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関東圏の人間にとっても、「ういろう」と言えば、名古屋!だったのですが、
ずっと気になっていたので、故事来歴しおり目当てに購入しました♪
無論、このあと御菓子もおやつに頂きますけど(笑)


で、(笑)・・・故事来歴をざっくり紹介♪
時は室町!(別に ! は、要らないか・・・)
海の彼方、「明」に滅ぼされた「元」の官僚が、足利義満時代に日本に渡来しました。
元時代の役職名を苗字にし、「外郎(ういろう)」を名乗ります。
この初代さんが、妙薬を博多で発売。評判となり、二代目さんの折り、京の都へ。
その薬は朝廷で珍重されておりました。
この頃、海外の使節の饗応で御菓子も作るようになり、それが「ういらう」と呼ばれました。

さて、時は戦国!小田原に拠点を築き上げた北条早雲が、
この外郎家に「来ない?」と呼びかけました。
そこで、一族を分け、小田原に外郎家が引越しします。
ところが、戦火で京の外郎家は血が途絶え、レシピも失いました。

後北条家が豊臣秀吉の小田原征伐で滅びた後、
秀吉は、後北条家臣は小田原に残さない方針でしたが、
外郎家は特例で残してもらい、以降、薬販売で身を立てました。
その後、小田原の「ういらう」は連綿と今に続いています。 (はい、ざっくりざっくり ^^;)


お菓子の「ういらう」自体は、ずっと御贔屓様の御贈答品のみを請け負っていたらしいのですが、
明治になって一般発売するようになったそうです。
・・・と~こ~ろ~で~、最初に書いたように、「ういろう」と言えば名古屋!
しかし、ちょいとググッてみると、こちらは昭和30年代鉄道が整備された折り、土産物として・・・
と、あります。
え?本当にそうなんですか?独特の食文化がある尾張國ですので、
何か、こちらにも歴史がありそうな気がするのですが・・・
どうなんですか?木暮兼人サン!>私信(^^;)

 ↑ 最後は丸投げ???┐( ̄ヘ ̄)┌ (恐縮♪)
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by salieri777 | 2009-11-24 19:08 | 戦国つれづれ