武田軍の足軽大将リューザキ弾正、通称リュー弾♪またの名をカラボリーナ・ドルイスカヤ(爆)最近、草弾師匠という官位(笑)も授かりました☆ 諸国、諸時代、諸かるちゃーを 徒然なるままへめぐります


by リューザキ弾正
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遠州騒乱・生き残れば井伊のです!~井伊直虎の人生~

武田軍にとっては、徳川四天王と言えば、最初からずっと家康の家臣として、
徳川家を支えた人たち、というざっくりとしたイメージがあったのですが。
井伊さんは、今川家→徳川家へと主人を変えた人程度の知識でした。

武田家滅亡後、武田遺臣は井伊さんに抱えられ、井伊の赤備えを形成します。
ですので、井伊さんには、近しい感情を抱いておりました。
・・・しかし、その前に、井伊家はあやうく、滅びるところだったのですね。
武田遺臣→井伊家と、ネットで見ていたら、突き当たったのが、
井伊直虎 であります。
この方、今川義元家臣・井伊直盛の娘です。
直盛に男子がおらず、幼名が既に「次郎法師」
泣き声が元気だから「名前をオスカル」というパターンでしょうか?(違っ!)
初名はきっと、女の子の名前だったのでしょうけど。

そして、次郎法師は、父・直盛の従兄弟、井伊直親を婿に迎えるはずでした。
しかし、直親は、信濃へ飛ばされ、その間に正室を迎えており、
タイミング悪く、次郎法師は生涯独身の身となることに・・・056.gif

桶狭間の合戦で父・直盛は、今川義元と共に討ち死に。
その後、直親は、織田家に通じているとの他の家臣の讒言により、
義元の後継者・氏真に殺されております。

ここで、次郎法師が「井伊直虎」と名乗り、井伊家の当主、女・地頭、女・領主となります。
しかし、井伊家の苦難はまだ続きます。
それは、武田家も関わっておりますが(苦労かけてゴメンネ)

永禄11年、井伊谷城が、上記の直親を陥れた張本人・小野道好によって奪われます。
しかし、小野に反抗した井伊谷三人衆と今川から離れた徳川家康が結びつき、
井伊家は領地を回復します。
徳川家康は、井伊直親を讒言で死に追いやった罪で小野道好も処刑してます。

しかし、武田軍が攻め込んで来ます。
武田・赤備えの山県軍との戦いに直虎は、苦杯を舐めます。
井伊谷城も明け渡した上での敗戦。ところが、武田信玄の寿命は残り僅か。
武田軍が去ることで、井伊家の危機も消滅します。

天正3年、直虎は、井伊直親の遺児・虎松(直政)を養子として後を継がせます。
(注:虎松は、生母が今川家臣松下氏と再婚したことで家督相続権を失い、
また微妙な立場だったのを直虎が引き取り育てていました)
直虎の意思で、虎松は300石で徳川家康に出仕します。
こうして、井伊家は徳川家臣の道を選び戦国を生き残っていくことになります。

名を残すか、血(家)を残すか、どちらも難しい時代の中で、
遠州騒乱を生き残り、きちんと次にバトンを渡した、井伊直虎の人生は、
敬意を表したい生き様です。
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by salieri777 | 2010-05-26 09:51 | 戦国つれづれ