私を茅野に連れてって♪~信濃國ディープ・スポット~
2011年 08月 17日
ちと、ディープなスポットがあると聞き及びました!
茅野市神長官守矢史料館 ※
うわ~♪スッカスカなHPだわ(^^;)
訪問した人のブログとか何かないかしら・・・と検索して出たのが ココ(^^;;) ※
甘利よくわからない・・・と書かれちゃってる(^^;;;)
では(笑)、憚りながら、私が説明させていただきます。
諏訪大社の「大祝(おおほうり)」は、代々の諏訪氏ですが、大祝は、現人神ですので、
実際に、祭祀を執り仕切っていたのは、「五官祝(ごかんのほうり)」です。
その筆頭の「神長官(じんちょうかん)」が、代々の守矢氏となります。
守矢氏は、諏訪氏より早く、この地にいた度土着信仰の祖だったようです。
興味がある方は、洩矢神と建御名方神の戦いをググって見てください(放り投げ)
さて、戦国時代、信濃國も戦乱に巻き込まれていきますが、
諏訪氏は武田氏によって滅ぼされます、実質上は。
しかし、神事は続行させなくては、ならないので、各国大名は、その後も、
神長官守矢氏宛てに、寄進、願文、寄贈品等を送っております。
ご紹介した、茅野市神長官守矢史料館には、祭事関係の品々の展示と共に、
戦国大名の書状も展示されております。
武田晴信、村上義清、長尾為景、と言った、オールスター(^^;)
また、天正10年の、武田家滅亡→本能寺の変、と忙しかった(^^;;)時期には、
酒井忠次、北条氏直、真田昌幸の書状が、まさに揃い踏み(^^;;)
戦国前にも、鎌倉5代将軍からの下し文(1246年)、など古文書があるようです。
そして、天文14年に武田信玄から寄贈された、十角重箱は、息が詰まるほど美麗です。
所在地は訪問しにくい交通の便が甘利よろしくない場ですが、是非訪ねたい場所です。
史料館の建物も藤森照信氏のデザインで、現代建築スキーにもオススメですよ~