武田軍の足軽大将リューザキ弾正、通称リュー弾♪またの名をカラボリーナ・ドルイスカヤ(爆)最近、草弾師匠という官位(笑)も授かりました☆ 諸国、諸時代、諸かるちゃーを 徒然なるままへめぐります


by リューザキ弾正
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カテゴリ:へめぐり・おもひで雑記( 3 )

隊長ー!隊長ー!2人の背後に蓼科山が!八ヶ岳連峰ガーー!@某最終回
(「隊長ー!隊長ー!バスティーユに白旗ガーー!」風にお読み下され)

・・・とても江戸近郊には見えませなんだ(^_^;)

今日は、その信濃の山の話ではなく(笑)、母・弾正の甲斐の山をへめぐりし折りのハナシです♪

母・弾正が、甘利山から千頭星山にへめぐった折り。
「あ~ま~り~」と、顔芸付きで登山してはおりませんが(当たり前だっ!)
この甘利山は、名前どおり、甲斐武田家の家臣甘利氏の治める領内にございます。

さて、チト、脱線しました(^。^;)

その登山途中、休憩のためにリュックサックを下ろそうと身をかがめた時に、辺り一帯から、不思議な音がするのに気づきました!

ピチュピチュピチュ・・・繊細な音がします。
何の音?

母・弾正も、最初分かりませんでした。
しかし、身をかがめたままでしたので、やがて判明しました。

足元の笹藪に陽の光が当たり、その陽光の温もりで、笹の葉がいっせいに開く音だったのです。

自然は恐ろしい一面がありますが、天上の音楽を奏でてくれる時もあるのですね~
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by salieri777 | 2011-12-01 16:39 | へめぐり・おもひで雑記
あれは…、私がまだ、
御屋形サマの御近習を
勤めし折りの頃です。

ある時、武田家重臣の、小山田ドノに御屋形サマの書状をお届けに参りました。

茶菓子などをいただき、少しばかり話をしていると、小山田ドノは、不遜なことを、おっしゃったのです!

「富士の御山は、小山田家のものぢゃ」(爆)

その物言いに、私は、
腹が立ちました。

確かに、霊峰・富士は、郡内の御領地にあります

しかし、御屋形サマも、北条に嫁がれた姫様の
安産祈願をなさった、
甲斐國のみならず、諸國においても、聖地でござ~る!

私は、御屋形サマにお願い申しあげ、夏休みをいただきました(笑)

目指すは、霊峰・富士の御頂上♪

母・弾正と共に、挑戦致しました!

騎馬で、新五合目まで、乗りつけ(笑)
そこから、いよいよ徒歩にて、いざ、勝負!

おのが体力に合わせて、ゆっくりと登って参りました。

暫くすると、登山道の
あちこちに他國の若武者が、息を切らして、寝ころんでいました(汗)

体力のある、初挑戦の若武者の方が、体力に任せて早く登り、高所の気圧変化に、身体が適応しきれず、斯様な仕儀になると、母上は教えて下さいました。

我々は、七合半ばの山小屋に、一夜の宿を頼みました。

翌早暁、暗い内に出立、いよいよ山頂踏破へと、向かいます。

九合目からの苦しさたるや、物の例えが見つかりませぬ。

既に、おのが視線の先に目指す山頂の鳥居が見えているのに、歩けども、歩けども、届きませぬ。

このまま、一生涯、届かぬのではと思いし折り、我ら親子は、鳥居を潜っておりました。

御鉢巡りと呼ばれる、噴火口周りを伝い歩き、
下山路へ。

ここから、登りでは、
ヘーコラ(>_<)していた、母上が強さを見せます。

おや、御貴殿は、下りだったら、楽チンに決まっているじゃん!と、
思われましたな?

さにあらず!サニー千葉!(爆)
下りとは、登りで体力を消耗した後に、訪れます

根本的な体力の差が現れまする!

恥ずかしながら、リュー弾は、母上に遅れを取り申した。

故に、母上が、リュー弾の体力に合わせるため、途中から殿軍を勤め、
二人は、騎馬を停め置きし、新五合目に着いたのでこざ~る!

時刻は夕刻になっておりました。その日だけでもおよそ五時間の行軍…

助手位置にて騎馬を進める、リュー弾は、つい、ウトウトとしてしまいました (-.-)zzZ

その右隣で、はんどる、と言う手綱を握る母上もついウトウト(爆)

背後の大型騎馬の武者ドノが、異変に気づき、
我が母に向けて、
激しく、くらくしょんを鳴らしました。

母上は、ハッとし、手を上げ、異変に気づき、知らせてくれた武者ドノに了解の旨の合図を送りました。

ちなみに、私は…熟睡しておりました(爆)

故に、この一件、後から母・弾正に聞きました。

母上は「私は、もう少しで貴方を殺すところであった」(爆)と、言ったのでございます。

ん?何処かで、この言葉…一度、聞いたような。

帰参し、意気揚々と小山田ドノに申しあげると、(こちらの都合の悪い部分は、割愛して ^_^;)

小山田ドノは一言「我が領内検分、ご苦労!」と鼻で笑って、立ち去ったのでした(^_^;)

イヤミダ・オヤマダと、他の御重臣方が、そう、表現される理由を此度の一件で、思い知りました  (;`皿´)
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by salieri777 | 2009-08-05 18:42 | へめぐり・おもひで雑記

暑い夏が来る度に…

相変わらず、自分のPCに近づけませぬ。

そろそろ、本能寺の変かなぁ (-_-#)

さて、今回は、へめぐり経験のとある思い出話です。

梅雨明けの際、記事にする予定が、大雪山系で、遭難事故があり、見送っておりました。

小田原の北条の領地探索も兼ねて(嘘)
母と登山仲間から、小田原市の、わりと初心者コースと言われる
山登りの御誘いを受けました

私の学生時代、ダルくなるから水は甘利のむな!そういう間違った指導がなされてました。

無芸大食仲間の我が母、考えてみれば、最終的には、20年の登山歴がありました(汗)

逆に、ですので、彼女は水分補給の重要性を
知っている訳です。

ただし、我が子が古色蒼然とした知識しか持ち合わせていないことは、
想定外でした。

ちょうど、梅雨明け当日でした。
ストレッチをした後、山登り開始。
照りつける日差し。木陰のほとんどない、むき出しの山道。

ひとつの峰を踏破して、昼食タイムになりました

やはり、照りつける中での食事。
情けないけど、これ以上は無理だと思いました。

仲間は、もうひとつ先の峰へ。私と母は、踏破した峰からの下山コースを選びました。

やがて、私は、歩行に異常を来たし始めました。
フラフラと歩き、やがて何度も転倒する様になり…やがて立ち上がれなくなりました。

「あと、もう少しだから…」立たせようとして、私の手首を掴んだ時、私の体温が異常に熱いのに気づき母は、事態を悟りました。

彼女は自分の水筒の水を私の頭に注ぎました。

ここから先、私の記憶は飛んでいます。

携帯電話の無い時代でした。母は下山路を通る人ごとに救援連絡を頼みました。

ある人は、手持ちの水をある人は、身体を冷やすための物を
母というか私に譲って、救援連絡の旨を頼まれてくれました。
母は、その度ごとに、土下座をして頼んだそうです。

私は、レスキュー隊の救助を受け、
麓に待機していた救急車で、病院へ搬送されました。

「私は、貴方を殺すところだった」
母は、今でも、こう表現します。

よく、冒険は、無事に家に帰って来た時に、「成功したと言える資格を持つ」と言います。

登山も、山を登り、無事に降りてこそ、です。

自分の力に見合う範囲で山を楽しむのが一番です

しかし、それを見極めるのが難しいのが登山です

どんなに準備万端に整えていようと、
私の様に、知識ゼロで無謀に挑戦しようと、
事故は起きる時、起きます。

自然を相手にしているものですから。

生きて帰って来れて良かった。
ただ、そう思うだけです

先の峰を目指した、母の友人達は、下山した後、事態を知って驚き、しかし病院に人数押しかけるのも迷惑になりますから代表して、ひとりが訪れました。

そして、病室で意識を回復した私に、目に涙を溜めて、こう言いました。
「また、一緒に登ろう」

翌年、私は、体力をつけ富士登山を果たしました

夏には、いろいろと複雑な思いがよぎります。
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by salieri777 | 2009-08-03 23:12 | へめぐり・おもひで雑記