武田軍の足軽大将リューザキ弾正、通称リュー弾♪またの名をカラボリーナ・ドルイスカヤ(爆)最近、草弾師匠という官位(笑)も授かりました☆ 諸国、諸時代、諸かるちゃーを 徒然なるままへめぐります


by リューザキ弾正
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カテゴリ:ジモトのレキシ♪( 12 )


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リューザキ弾正の、ジモトの歴史と云うと、鎌倉か幕末であったの。
しかし、もちろん江戸時代の歴史もある。
ちょっぴり、わしも、「甲子夜話」で語っておる。

江戸城における、刃傷沙汰と言えば、
浅野匠頭、田沼意次の息子(被害者)など、

幕末までに、7件ほど、記録されておりますが、

江戸城における、最初の刃傷沙汰は、三代将軍家光の時代に起きております。


豊島明重は、老中井上正就の嫡子と大阪町奉行の娘の婚礼話の仲介をします。

しかし、春日局が「上意」として、家の格がより上の娘との話を持ち込み、

結局、彼の世話した話は、婚約まで整っていたにも関わらず、破談状態。

面目丸つぶれとなった豊島明重は、江戸城で老中井上正就を刺殺。
その場で切腹。

豊島家では、嫡男も切腹で御家断絶。
一族処罰にならなかったのは温情だったようです。

ちなみに、大阪町奉行も世間を騒がした責を負い切腹してしまいます。

御家断絶となった豊島氏の名前は、室町時代の領地であった

東京都豊島区に残っております。

その豊島氏は、忍城籠城に参加(異説あり)、後北条滅亡の後、
徳川家康に仕官。

今の横浜に所領を得ました。秀忠時代に御目付役を拝命。

秀忠には深い恩を感じていたとも伝えられております。

しかし、家光の時代に御家断絶。。。しかも春日局の横槍で。

さて、江戸城最初の刃傷事件。
松浦静山は、林述斎(次男が、アノ鳥居耀蔵!)から、

このこと関する話を聞いて、「甲子夜話」に載せております。

「林話に、武州の金沢と杉田の間に富岡と云あり。

その処に瓊珊寺(慶珊寺のこと)云あり。豊島刑部が父、
菩提の為に開基せし寺にて、
瓊珊とは、即ち父の法号なりと云。

寺の辺の田畠は豊島氏の旧知なりとぞ。
刑部が柳営に於いて執政井上河州を刺したること世を挙げて知る所なり。
其余の事跡は誰知る者もなし。
然るに、先頃、或人遠馬に出て

其辺に行き、瓊珊寺に立より見ばや迚馬を馳せしが、
寺門は波打ちぎわに臨み、折ふし進潮なりしかば、
総構の中に小なる入口あるを見付け、畠道を越してその所より入るべし迚、
馬を乗入ければ。農夫鋤とりてありしが、大に怒り、
こヽは、瓊珊寺の地なるを、何者か馬を踏入るやと云えば、
或人答るに、余事に非ず。其寺に詣んとする者なりと言しかば、

農夫俄に顔色欣然、頭にかむりたる手拭をとり、
馬前に啓折して、もし豊島家の御子孫には無きやと云。
或人左にはあらずと云ふに、何にもせよ案内申さんとて、馬前に立、
境内に導き入る。寺僧も出迎ひ墓処へとほす。
刑部の父の墓は云迄もなし。刑部の墓も同所にありとなり。
軈て寺に至れば、村役人始め村民等寄て種々もてなし為しとなり。
是に因てみれば、刑部もとより非常の人なれば、
其旧知の民、今日に至りても永慕するの念絶えざる歟。
去ればこの余にも事跡の見るべき人ならんと、牀敷く思へども、
断家のことなれば
復更に探るべき道もなし。歎ずべし」

「甲子夜話」十三巻十四節



胸熱だなぁ~(〃∇〃) 御前と林述斎の会話に我がジモトが出て来たなんて。
それでは、現地からのリュー弾のリポートをどうぞ(笑)




from 現地 なお、供養塔とか写っております。苦手な方ご注意!
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by salieri777 | 2014-07-17 06:45 | ジモトのレキシ♪
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非公認ゆるキャラも、群雄割拠の時代へと移行していきそうですね。
鎌倉市・非公認ゆるキャラ、おちむん。
 コチラ 



新田義貞の倒幕軍に追われて逃げ惑ううちに、タイムスリップ。
その時のトラウマで、流鏑馬を見るのが苦手。
鎌倉の美味しいお店などに出没。世界遺産再トライを応援している。
ざっくり説明終了。 詳しい説明は コチラ

北条家家中の方とお見受け申す。
いや、更科六兵衛ではなくて・・・(アチラは後北条です)

さて、ブレイクなるか?

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by salieri777 | 2013-08-17 10:18 | ジモトのレキシ♪
健康診断(通称:ケンシン)に行ってまいりました。
その折、ちと足を延ばして、前から気になっていたものの、
未だ詣でていなかった、地元の神社を訪問させていただきました。

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瀬戸神社です。 詳しくは コチラ 
この土地に生まれて、まもなく敦盛が舞えそうな年齢になろうとしてますが(^^;)
なんとなく、源頼朝起源の神社とだけは、知っていましたが、
国指定の重要文化財を抱えていたとは\(◎o◎)/! 詳しくは コチラ
我が子・実朝を失った母・政子の思いが偲ばれます。
(ちなみに今の本殿は、鎌倉三代将軍実朝が参拝した本殿ではなく、
寛政年間に改修されたものです)

その瀬戸神社と道路を隔ててあるのが、琵琶島神社です。
北条政子が、琵琶湖・竹生島の弁財天を勧進して創建した神社です.。
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f0182920_1773077.jpg神社入り口のところに、佐殿が海での禊の際、
衣服を掛けた「福石」が、
鎮座しております。 服石→福石となったのでしょうね。
この石の周りで拾い物をすると福が来ると言い伝えられております。
(物によっては、お近くの交番へ ^^;) 



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その琵琶島より眺めた夏島です。(ビルと被っておりますが・・・ ^^;)
夏島は、幕末、ペリー艦隊の船員が非公式に日本初上陸した地であります。
鎌倉由来の地から幕末の地を眺める。それがここいら辺りの土地なのです。
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by salieri777 | 2012-03-12 18:03 | ジモトのレキシ♪
さて、今年も、「坂の上の雲」のシーズンとなりました。
沿線に由縁施設がありますので、坂の上の雲ラッピング電車が走っております。

そのような、季節の風物詩(笑)を話題にした時に、母・弾正が語った思い出バナシです。
と、言っても日露戦争の思い出ではありませんよーー!( ̄∀ ̄)

太平洋戦争が起きていた頃、母・弾正は、小学生でした。

昼休み。四脚椅子の後ろ二脚でバランスを取って遊んでいた時(私もやったなぁ~)、
横浜港の方で爆発事故があり、その爆風で、あやうく転倒しそうになったそうです。
校舎の窓ガラスが、びりびり鳴ったとか。

三菱ドックで修復を受けていたドイツの船(戦艦?)が、謎の爆発を起こしたそうです。

地元小学生(^_^;)は、「あれは、スパイの仕業に違いない!」と噂し合ったそうです。

「スパイ」って、敵性語じゃないの?と聞くと、
「その辺、記憶がビミョーなのよね。パーマかけてたし(笑)」だそうです(^_^;)

ちなみに、母・弾正の卒業した小学校から、
校舎を昭和39年に、ビフォーアフターした時、
校舎の一部から、「青い目の人形」が、出て来ました。
太平洋戦争中、隠し通したのでしょう。

それから、平成に入ってから校庭を掘削したら、横浜最古(日本最古?)のガス管の一部が発掘されたとか(゜∀゜;ノ)ノ

母・弾正は、小学校は、ガス会社の跡地に建てられた、と記憶しておりました。

ちょっと、ググってみたところ、大正時代の関東大震災の折り、初代校舎は焼失、今のところに移転したようです。

そこが、日本最初の瓦斯事業の発祥の地だったらしいです。


※ 「青い目の人形」 昭和初期、時代がきな臭くなる中、日米親善として、アメリカの宣教師が呼びかけ人となり、
日本の子供たちに贈られた人形。
(日本からも、答礼として市松人形が贈られました)
日米開戦の後、敵国の物として大半が焼却処分されてしまいました。
しかし、一部の人形は、心ある人々により、それぞれの方法で守られました。

(青い目の人形が贈られたのは、母・弾正が生まれる前だったので、彼女は自分の学校に人形があったことも知らなかったようです)
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by salieri777 | 2011-11-23 08:04 | ジモトのレキシ♪

名は体を表す!

襲名バナシの続きではありません。
いや、続けようと思えば続けられますが(笑)

今回は、地名の話です。
地名は、その土地に関わった人物にちなんで付けられたり、
その土地そのものを表したりしております。

丹沢山系蛭ヶ岳(爆)
(たんざわさんけい ひるがたけ)

ムシムシコロコロが不得意な方、さほどではないと思いますが、
気をつけて、スクロールして下さい(笑)

母・弾正が昔、登りました。
途中、弁当を食べていると、野生の鹿に出くわしました。
余談ですが、野生の動物に食べ物を与えてはいけません。
そこに行けば、食べ物を得られると間違って認識して、
真冬の餌の枯渇した時、そこに行き、来るはずのない登山者を待って、死んでしまう場合があるそうです。

閑話休題。
昼食を取り終え、立ち上がろうとすると、
足元に、コロッとした虫が。
蛭(ヒル)です。
母が、踏みつぶすと、血がグニュ(゜∀゜;ノ)ノ
あぁ、あの鹿、血を吸われたのだなぁと思ったそうです。

登山を終え、麓の温泉で汗を流している時、
自分の足首を見ると、血がっ!
血を吸われたのは、鹿ではなく、自分でした。

止まらないという程ではないけれど、なかなか、乾いてくれなかったそうです(汗)

母の仲間内では、夏場は蛭ヶ岳は避けようということになりました。

しか~し、この夏。
母の登山仲間が所属する山岳会が、蛭ヶ岳登山を致しました。
母の友人は、止めたし、無論、参加しませんでした。

結果・・・全員、蛭に血を吸われまくり(爆)
一人で、20ヶ所以上も吸われた人がいたそうです。
ズボンとシャツの合間、襟刳り、袖口、登山靴と靴下の合間・・・
皆さんキチンとした身なりで登山されましたが、蛭、入り放題、血、吸い放題(爆)

嗚呼、蛭ヶ岳の蛭を凄く繁殖させてしまったことでしょう(涙)

名は伊達に付いていないことを理解しましょうね(泣笑)
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by salieri777 | 2011-10-02 14:28 | ジモトのレキシ♪
横浜市民は学校休んじゃいます(^^;)

と、言うのはウソです(笑) ←そのぐらい分りますね(^^;;)

本能寺の変のあった、昨日6月2日は、
横浜開港記念日(安政6年6月2日開港)でもあります。
この日は、横浜市立の学校は、お休みとなりますemoticon-0157-sun.gif
(一時期は、新暦換算の7月1日の時もありましたが、すぐに戻りました)

小学校は市立だったので、もちろん、この日は休日。
昔は、横濱・K坂一族も集ったものです。
(小さいながらもつまらなく思えた国際仮装行列がありました。。笑)


中学に私立を選んで一番驚いたことが、開港記念日が休みではない。。。(爆)
生徒「どーして、休みじゃないんですか?」
先生「横浜市のお祝いだからだよ」
生徒「この学校だって、横浜市にあるじゃん!」
先生「・・・(苦笑)」
生徒「横浜が開港したから、この学校だって創立されたじゃん!」
先生「・・・だから、それは創立記念日に祝います(苦笑)」
生徒「創立記念日は、礼拝があって、休みじゃないじゃん!」
先生「・・・(苦笑)」
生徒「横浜市民として、一緒に祝いましょうよ!」
先生「・・・(苦笑)」


市立小出身の新入生による上記のような不毛な会話は、毎年あったようです(^^;;)

今年は、震災の影響で、記念行事もやや縮小されているようです。
でも、横浜市民は、「あぁ、今日は開港記念日か~」と感慨に耽るのです。


天正10年の明智光秀にとっても、開港記念日だったのかな?(^^;;)
イベント回に向けて、アニメ「へうげもの」も盛り上がってきました(≧▽≦)
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(注:まだ、昨夜の分を視聴しておりませぬ)
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by salieri777 | 2011-06-03 16:43 | ジモトのレキシ♪
関東に春一番が吹き荒んだその日・・・
オズの国まで飛ばされそうな中、ブラブラと、運慶さんに会いに行きましたemoticon-0155-flower.gif


平成10年、横浜市の古刹・称名寺の塔頭のひとつ光明院から、
「大威徳明王像」が発見されました。
仏像の中に納められた納入品を開封したところ、内封された文書に、
建保4年に源氏大弐殿という女性が発注して運慶が造った仏像であることが明記!
平成19年に、運慶の真作であることが、確認されました。
運慶の作品(真作)の中では、最晩年のものになります。
その、大威徳明王像と共に、他の運慶の作品を展示したのが、
今回の運慶展です。
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ちなみに、大きい仏像↑ではなく、青い顔をされているのが大威徳明王さんです。
運慶は鎌倉時代の仏師ですが、チーム運慶として活動した側面が高く、
彼の真作とされる仏像は、実は6体しか確認されていません。
その6体目が、今回お披露目された、大威徳明王像です。
この「運慶展」では、奈良・円成寺の大日如来像を始め、
数々の運慶作の仏像が展示されました。


f0182920_13374276.jpg さて、運慶さんに会ったあとは、お隣りの称名寺にも立ち寄りました。
源氏大弐殿とは、鎌倉時代、2代頼家・3代実朝の養育係を務めた女性とされています。
しかし、鎌倉幕府の源氏の将軍は三代で途切れ、
そのあとの北条執権政治も今や夢のまた夢・・・


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最近、再建された太鼓橋です。


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金澤八景のひとつが、「称名寺の晩鐘」です。
しかし、その鐘も710余年の歳月で、脆くなったため、
保護の目的で、
今年から除夜の鐘としては使用しないことが発表されました。




More この先、墓碑の写真があります。苦手な方はご注意を!
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by salieri777 | 2011-02-28 20:29 | ジモトのレキシ♪
emoticon-0155-flower.gifemoticon-0155-flower.gifemoticon-0155-flower.gif南国忌・・・・なんだ、この、トロピカル感溢れるネーミングはっ!emoticon-0157-sun.gifemoticon-0157-sun.gifemoticon-0157-sun.gif

日本の文学賞として、権威あるものとして知られる、ポプラ社新人賞
・・・芥川賞と直木賞。
その直木賞(のみで)名前の残っている、小説家・直木三十五の命日が本日であります。


このご命日前後の日曜日に、直木さんの代表作「南国太平記」にちなんで命名された、
「南国忌」が、墓所のある、横浜市金沢区のお寺で執り行われます。
ちなみに、今年は、2月20日、直木賞作家浅田次郎氏を迎えて行われました。


直木三十五は、小説家として大衆小説を書き、この時代の人らしく映画の脚本なども、
書いておりました。
本名は、植村宗一さんと言います。
植の字を崩して、直木。年齢が三十一の時、直木三十一というペンネームを使い出します。
翌年に、直木三十二に改名(笑)、その翌年に・・・以下略。
親友で、文芸春秋社の社長である菊池寛に「いいかげんにしろ!」と忠告され(^^;)
直木三十五に定着しました(^^;;)


さて、この直木三十五さんが亡くなります。ちなみに享年43歳。
その数年前に小説家の芥川龍之介も鬼籍に入り、親友二人を亡くした菊池寛。
彼らの名前を文学界に残したい、と文学賞を創設します。


小説家は浮き沈みが激しい職業です。売れっ子でも、その死後も名前・作品が
親しまれる小説家はほんの僅か・・・
直木賞の直木さんも、親友・菊池寛の懸念どおり、
その作品は甘利、人語に介することはありませんが、文学賞によって名前が残りました。


ちなみに、「南国太平記」 けっしてフィジーやモルディヴが舞台ではありません(^^;)
幕末の薩摩藩における「お由羅騒動」を扱った時代小説であります。


直木賞を受賞している時代劇小説家の錚々たる面々を思い浮かべると、
菊池寛&直木さんの功績も光り輝きます。emoticon-0171-star.gif

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by salieri777 | 2011-02-24 18:28 | ジモトのレキシ♪
昨晩のことです。
地元発行のパンフに、横浜市歌についての記事があったのですが・・・
もちろん、歌詞が載っています。
即座に、家族で大合唱♪他県の義姉が、非常にビックリしていました。
もちろん、私もその場にいれば、一緒に歌っておりますよ~
市の歌なんか、何故、皆で歌えるの?----!と絶句されました(笑)


それでは、皆さん、ご一緒に♪

            横浜市歌         作詞 森林太郎(鴎外)
                           作曲 南能衛
    
                わが日の本は島国よ 
                朝日かがよう海に 
                連りそばだつ島々なれば
                あらゆる国より舟こそ通え


                されば港の数多かれど 
                この横浜にまさる あらめや 
                むかし思えば とま屋の煙 
                ちらりほらりと立てりしところ 


                今は百舟百千舟(ももふね ももちふね)
                泊るところところぞ見よや
                果なく栄えて行くらんみ代を 
                飾る宝も入りくる港 


横浜市歌は、横浜開港50周年の折り、祝典で披露するため、
作曲を東京音楽学校(現・東京芸術大学)の先生に、
作詞を文豪の森鴎外に依頼して作りました。
それ以降、ずっと市民に愛され、市立の小学校では必ず合唱を習います。

それで、私も習って未だに歌えるのですが・・・
今回、知った、驚愕の秘密。


ずーーーと、上記の歌詞を、横浜市歌の1番の歌詞だと思っていたのですが。
スミマセン!
上記歌詞、段落のところで、1番、2番、3番の歌詞となっております。

実は、2番のところだけ、テンポが変わります。
1番、3番が、テンポ良く、二拍子。2番が四拍子(メロディーも違う)
ですので、 Aメロ → Bメロ → Aメロ となっているのかと思っておりました。

1番、3番が、横浜の今と未来の繁栄を歌い、2番が昔を思い起こすという内容です。
あぁ~、深い、森鴎外先生!(泣笑)


ちなみに、こちらで → 
合唱版、吹奏板の視聴が出来ます。


よろしかったら、どうぞ(笑)emoticon-0155-flower.gif
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by salieri777 | 2011-02-01 22:06 | ジモトのレキシ♪
史実の土方歳三さんの記事 (と言っていいですか ^^;)
その次が、この話題。。。。

通勤途中の電車の中吊り広告で見かけたこの一品。




f0182920_2143510.jpg 勝サブレ
モンテーローザ(店の名前です)
リンク先に、詳しい説明も載っておりますよ~(丸投げ ^^;;)
・・・・・・
・・・・・・

ええっっと、勝海舟の、「勝」の名前が縁起がいいので
ご贈答用に、
横浜銘菓として、お土産に♪ だそうです。


サブレの形は、幻の神奈川台場を模したものだそうです。
横濱開港のあと、祝砲を打つための場として使用されるのみだったことで、
「勝」&「祝い」で、ただいま、横濱イチオシ(誰の?)御菓子のようです。

味は・・・博多とんこつラーメン味ぢゃないでしょうね?(笑)

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by salieri777 | 2010-05-13 08:03 | ジモトのレキシ♪