堂々大河ドラマ「風と雲と虹と」再鑑賞記 #3
2009年 05月 23日
長いです・・・長いので、お暇と体力のある時に、どうぞ(笑)
ぽつぽつと書き綴っていた「風と雲と虹と」感想の第三回でございます。
主に、登場人物を中心に語ってきましたが、 何故なら、魅力的な人物が多いからです!
まず、草刈正雄演じる鹿島玄明!
実際に、将門の乱に名を連ねている実在人物ですが、半ば創作人物のように自由に動きます。
坂東の小次郎将門の元へ、京の都へ、純友の殿の元へ。
彼のスタンスは終始、クール。誰からも一定の距離を保っています。
それでいて、すべての人物に関る彼は、視聴者の代表者と言えるかもしれません。
その彼・玄明にいろいろ示唆する、傀儡師の御婆・けら婆。
彼女は信念の人です。朝廷を倒し、新しい世の到来を画策し、その実行者として、
藤原純友と平将門を選び、あるいは見い出し、自分の理想を目指します。
時には冷酷、時には残酷。それでいて、温情もある、けら婆は魅力的な狂言回しでした。
そして、與世王。
彼は、毒にも薬にもなる人物でした。
扱う人によって猛毒にも特効薬にも成り得る不思議な存在感のキャラクターを
名優・米倉斉加年が、怪演・熱演しております。
小次郎将門にとっては・・・猛毒でした。
おそらく、俵籐太なら、特効薬・良薬として使いこなせたかもしれません。
後半、小次郎将門の理念が理想となってきた時、その「理想」を現実に近づけえた人物が與世王でした。
しかし、その手法を小次郎サマは望まなかった。
そこに、「正論の人」将門に、限界があります。
民びとも家臣たちも他の領主たちも、決して小次郎将門のように、強い訳ではない。
強いとは、武力のことでなく、新しい時代への心構えのことです。
まさに、新しい時代・朝廷の存在しない世の中の到来を目前にして、人々は臆してしまった。
しかし、「強い」小次郎将門は、彼らの「弱さ」すら感じ取れなかった。
感じ取って、励まそうとしていたとも言えますが、彼の手法では無理がありました。
そして、訪れるべくして訪れた、破綻・・・
この登場人物たちの中で、一番、夢想家だったのは、実行主義・実利主義の
けら婆であり、與世王の二人と思えます。
與世王は、乱の後、自害して果てます。
彼ほどの才覚がある人なら、充分に生き残り、別の道を行くことも出来たはずです。
しかし、それをしなかった。彼も、小次郎将門に夢を託した人物だったのですね。
そして、けら婆。こと敗れても、彼女の見果てぬ夢は続きます。
いつか、必ず、また、小次郎将門たちのような人物が現れることを予言して。
「待ちますよ」そう、玄明が爽やかな表情で言い切った時、物語は終わります。
重厚な、まさにこれぞ大河ドラマ!という堂々たるドラマでした。
無論、瑕(きず)がないわけでもありません・・・
小次郎将門&純友の配分が後半極端に、坂東に偏ってしまったのは、残念でした。
坂東と西海。双方から、900年命脈を保ってきた大和朝廷の歪みを描いていたのですが、
途中から、そう行った二つの視点を使いあぐねているようでした。
また、美濃と武蔵が完全にキャラが被っています(笑)
玄明の姉で、純友の思い人、女だてらに刃を振りかざす人物。
はっきり、言って、武蔵だけで充分だったのでは・・・?
どのドラマにも欠点はあります。ちょっとイジワルく書きましたが、
それでも、このドラマの魅力を完全に損なう物ではありませんでした。
緒形拳さんの訃報に接したのを機会に、再鑑賞してみましたが、
昔、自分が何にワクワクしたのか、そこに今でもワクワクさせられることを再認識できました。
現在でも新たな人材によって、優れたドラマを作ることは可能だと思っております。
そういうドラマが新たに出現することを 「待ちますよ」(^^)